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東京高等裁判所 平成5年(う)380号 判決 1994年6月22日

本店所在地

東京都中央区京橋三丁目七番五号

松平商事株式会社

右代表者代表取締役

松平重夫

国籍

韓国

住居

東京都杉並区梅里二丁目二四番一七号

会社役員

松平重夫こと裵相烈

一九二六年一月一日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年三月八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官佐渡賢一出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人裵相烈に関する部分を破棄する。

被告人裵相烈を懲役一年六月に処する。

被告人松平商事株式会社の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人丸山利明名義の控訴趣意書に記載されたとおり(いずれも量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討する。

本件は、不動産の賃貸等を目的とする被告人松平商事株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役として、会社設立以来その業務全般を統括していた被告人裵相烈(以下「被告人」という。)が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、株式売買益や不動産賃貸料収入等の一部を除外したり、支払利息・割引料等の経費を過大計上するなどの方法により昭和六三年三月一日から平成元年二月二八日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一三億六二八二万一九三五円であったにもかかわらず、その欠損金額が九三一万五三七九円で、納付すべき法人税はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出してそのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額五億七一四二万四八〇〇円を免れた、という事案である。

まず、逋脱税額をみると、一事業年度に止まるとはいえ約五億七〇〇〇万円に及ぶ高額のものである上、九〇〇万円余りの欠損金が出るとして、納付すべき法人税はない旨申告しているため逋脱率も一〇〇パーセントと、最高率になっている。

逋脱の動機、目的及び逋脱所得の使途については、被告会社はこれまで株式取引を繰り返して多額の損失を被ってきているのであるが、更に株式取引を行なって大きく儲けて右損失を取り戻すべく、それに注ぎ込む資金を確保するために本件に及んだというのであって特段に酌むべきものではない。

所論は、被告会社の前期までの株式取引による累積欠損金は少なくとも七五億円から八〇億円に達しており、加えて銀行からの借入金も高額にのぼっていて、早晩被告会社の倒産は免れ得ない状態にあったので、被告人としては、少しでも欠損の回収を図り、被告会社の倒産を回避し、自己の生計を維持するためにやむにやまれぬ心情から本件に及んだものであるから、十分に同情に値すると主張する。しかしながら、法人税は、事業年度を基準として、当該年度の法人の所得に対して課せられるものであり、それ以前の事業年度に欠損金があっても、法定の要件を充たす場合(法人税法五七条ないし五九条)でない限り、これを当該年度の所得から繰越控除することは認められない。被告人が、過去の膨大な累積欠損金や銀行借入金を少しでも解消しようとした心情は理解できないではないが、そのための株式売買に投入する資金は、やはり当該年度の課税所得につき納税義務を果たした後の利益を当てるのが当然であって、税を免れてまで企業の利益を図る態度は、私益を公益に優先させるものとして相応の非難を免れない。まして、被告会社が多額の累積欠損金や銀行借入金を抱えるに至ったのは、被告人において、不動産の賃貸という会社の本業を離れ、投機性の高い株式取引に熱中し、毎年損益を重ねながらこれにのめり込んでいった報いであって、自ら招いた窮状を打開する手段として脱税に及んだことは、特段に酌むべき情状というに当たらない。所論は採るを得ない。

犯行態様は、前示のとおり、株式売買益や不動産賃貸料収入等の一部を除外したり、支払利息割引料等の経費を過大に計上するなど多岐の科目にわたるものである。そして、その中心は仮名及び借名による株式売買益の秘匿であるところ、このような仮名及び借名の利用は脱税に向けての計画的なものといわざるを得ないのである。

所論は、被告人の仮名及び借名の利用は脱税を意図したものではなく、株式取引によって損失が生じたことが外に知れた場合、金融機関からの融資を受けられなくなり、また、友人、同胞社会からの信用を失墜するようになることをおそれてのことであった、と主張する。しかし、<1>被告人は、検察官に対する平成三年一二月一六日付供述調書(乙5)において、「……他人名義で取引口座を設定して株式売買をやったのは、株で大きく儲けたかったので、税金を払うとその分だけ株の売買をやる資金がなくなってしまいますので、税金を払わないでその分を株売買の資金に回すつもりであったため……」と仮名及び借名の利用に税務当局に対しても所得を秘匿する意図、目的があったことを明確に自認していること、<2>今期の株式売買益の約三分の二以上に当たる約九億八三〇〇万円にも及ぶ仮名及び借名の取引口座分を申告せず、前期の税務調査の際に被告会社の口座であることが税務当局に把握されてしまっていた松平重夫名義の取引口座分だけを公表申告していること、などの点からしても、仮名及び借名の利用に、売買益が生じた場合の所得秘匿の意図が当初から含まれていたことが容易に窺われるのである。この点での所論も採用できない。

また、納税状況をみると、被告会社は修正申告をして法人税本税を完納したとはいうものの、重加算税、延滞税等の附帯税につきなお約二億五〇〇〇万円の未納分があり、事業税、都民税等の未納分も三億八五〇〇万円以上にのぼっている。

更に、被告会社は、これまでに、刑事告発こそ免れたものの、昭和四七年、同五九年の二度にわたって税務当局の査察調査を受け、いずれも不動産賃貸料収入の一部除外が発覚しており、その後、同六三年中には同六二年二月期に関して税務調査を受け、またも前同様の指摘を受けておりながら、その翌期分について敢えて本件犯行に及んだものであるところ、これらの経緯がいずれも被告人の実質的な関与の下でのことであるところからして、被告人の、適正な経理処理を心がけようという気持ちや、誠実に納税義務を果たそうという意識の欠如には著しいものがあるといわなければならない。

以上のとおり、所論を踏まえて検討してみても、本件の犯情は芳しくなく、被告人及び被告会社の刑事責任は重大であるといわざるを得ない。

してみると、被告人は、査察の段階から自己の非を素直に認めて、反省の態度を示していること、被告会社は前示のとおり修正申告をして既に本税を完納しており、前示の未納の附帯税等につき、自社ビルを売却してその代金で納付すべく努力していること、被告人の株式取引の不手際といういわば自らの責任によるものとはいえ、被告会社は多額の負債を抱えており、今後の事業の継続は困難な状況にあること、被告人は、本件が発覚したことにより、苦労を重ねて一代で築いてきた在日韓国人社会における成功者としての評価を失い、その意味で、ある程度の社会的制裁を受けたといえること、その他被告人及びその妻の健康状態が思わしくないことなど、所論のうち首肯し得る被告人及び被告会社のために有利に斟酌すべき諸事情を十分に考慮しても、被告会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人を懲役二年の実刑にそれぞれ処した原判決の量刑は、その宣告の時点を基準とする限り、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

しかしながら、当蕃における事実取調べの結果によれば、被告人は、原判決を厳しく受け止めて一層反省の念を強めていること、被告会社の事業の本体ともいうべき東京都港区赤坂所在の土地建物について、バブルの崩壊による価格の低下にみまわれながらも、また、占拠者に対する立退き交渉等に苦労しながらも、これを売却処分し、前示未納分をはじめその前後の事業年度の各種税の全額を納付して納税義務を果たし、現在被告会社の税金の未納分はまったくないこと、被告会社においては、なおその余の被告会社所有の土地建物を任意売却した上金融機関に対する負債を整理する必要があるところ、その交渉等に被告人の関与が必要であること、被告人及びその妻の健康状態がその後なお悪化しており、特に妻は介護を必要とすること、などが認められ、これらの原判決後の情状に原審当時から存在していた被告人に有利な諸般の情状を加えて再考してみると、先に指摘した責任の重大性からして未だ刑の執行を猶予すべき事情が生じたとまではいえないものの、被告人に対する懲役二年という原判決の量刑をそのまま維持することは、その刑期の点において重きに過ぎるものと認めざるを得ない。なお、右のような原判決後の情状をも併せ検討しても、同種事犯の量刑の実情などからして、被告会社に対する原判決の罰金額はなお重きに過ぎるとはいえない。

以上のとおりであるから、刑訴法三九七条二項により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決が認定した事実(別紙修正損益計算書及び脱税額計算書を含む。)は、法人税法一五九条一項(罰金の寡額は、刑法六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条による。)に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役一年六月に処することとする。

被告会社については、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

平成五年(う)第三八〇号

控訴趣意書

被告人 松平商事株式会社

代表取締役 松平重夫

同 松平重夫こと裵相烈

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は、次のとおり控訴の理由を述べる。

平成五年五月一二日

右弁護人 丸山利明

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、罪となるべき事実として公訴事実と同旨の事実を認定し、検察官の被告会社松平商事株式会社に対し罰金二億円、被告人松平重夫こと裵相烈に対し懲役二年六月の求刑に対し、「被告会社松平商事株式会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人裵相烈を懲役二年に処する。」旨の判決を言い渡したが、同判決の量刑は以下に述べるとおり、著しく重きに過ぎて不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

第一 原判決は、犯行の動機に関し、「犯行の動機は、さらに株式取引を行って大きく儲け、その利益で過去の株式取引によって生じた損失を取り戻すため、その資金を確保しようとしたに過ぎず、酌量の余地がない」としている。

なるほど、本件の動機を表面的にみ、かつ、端的に言えば、判示のとおりであるにしても、「酌量の余地がない」とした点は、当時の被告人の置かれた立場や被告会社の経済状態を全く無視し、理解しようとさえしない評価、判断であると言える。

会社の経営にあたる実業家が過去の経済取引において多額の損失を被って、それが現在も累積赤字として残り、会社の存亡にも大きく影響している場合に、現在及び将来の取引において多くの利益を出し、累積赤字を少しずつでも消却し、会社の存続を図ろうと考え、そのために出来る限りの方策を講じることは会社経営者としてけだし当然のことであって、その努力を怠る者こそ非難さるべきことである。

本件において、被告人は、被告会社の取引として株式売買を行っていたが、本件の前年度である昭和六三年二月期までの株式売買による累積欠損金は少なくとも七五億円から八〇億円に達しており、加えて、右株式売買に投入した銀行からの借入金や預かり保証金の額も一〇〇数十億円にのぼっていて、これらを総合すると被告会社の総資産の額を大きく上回る負債、損失となっていて、年間約五億円の家賃収入のみでは借入金の利息支払いが精一杯の状況であり、早晩被告会社の倒産は免れ得ない状態であった。

被告人及びその妻は被告人が被告会社から受け取る収入によって生計を維持しているため、被告会社が倒産すればたちまち生活に困窮をきたす結果となるため、被告人としては何としてでも会社の倒産を阻止しなければならないと必至の思いであった。被告人として家賃収入以外で会社の収益を上げる方法として考えが及ぶのは株式取引と金地金の取引のみであったが、金地金の取引は不案内であった上、損失まで生じたため、いわば株式取引に自己の全生命を賭ける思いで利用できるあらゆる資産、収入を利用し、可能な限り融資を受け、これらのすべてを注ぎ込んで株式売買をした結果、ようやくにして本件対象年度に一三億九〇〇〇万円の株式売買益をあげたものの、これは前年度までの株式売買損の約一七、八パーセントにしか過ぎず、これから預り保証金相当額を取り戻し、また銀行借入金の元利金の一部に充当したとしてもほんの微々たるものであって損失の回収にはほど遠く、依然として厖大な赤字と債務が残り、会社倒産回避には更に多くの利益をあげる必要があったため、被告人は右売買益のほとんどを次の株式売買の資金として投入してしまった。

被告人としてはこうする以外に会社を守り、自己の生活を維持する方法がなかったのであり、正にそのために株式売買益についてのみ言えば、その三分の一に当たる四億一〇〇〇万円の益金があった旨の過少申告をしたのであるが、将来も引き続き株式取引によって利益を上げることができるかどうか自信のなかった被告人としては、この時を除いて少しでも欠損の回収を図り、会社の倒産を回避し、自己の生計を維持する機会はないものと考えて本件に走ったものであって、その被告人のやむにやまれぬ心情は万人にとって十分に理解しうるはずであるし、同情に価するものと言えるにもかかわらず、これをして単に「酌量の余地がない」とした原判決の判断は裁く身にしても人間としての情に欠けるものが大であると思料する。

被告人の置かれた右のような立場、心情が本件の動機ともなっているのであって、この点を十分に理解され、情実をわきまえた評価をされるよう希望する次第である。

第二 原判決は、本件犯行の態様について、仮名及び借名により株式売買をしたり、受取家賃や受取利息を除外し、支払利息割引料等の経費を過大計上するなど多岐にわたり計画的であるとしている。

確かに、支払利息割引料等の経費の過大計上については計画的であると評価されてもやむを得ない点があるが、その水増分は支払利息割引料で一億一八八六万円余、修繕費で二六七万円余であって本件全体の全額に比すれば微々たる金額である。

受取利息、受取配当金については、その合計金額は七四二三万円余と少額である上、受取利息分はその全額が金融機関により直ちに被告会社の借入利息の支払分に充当されていて被告会社に入ってきていなかったため、また、受取配当金も直ちに株式取引の信用保証金に繰り入れられていたため、被告人としては被告会社の収入としての認識が希薄であったことから顧問税理士にこれを報告するのを失念していたものであって計画的な犯行とは言えないものである。

更に、仮名及び借名による株式取引は、脱税のためではなく、従って犯行の計画性とは関係がない。被告人が株式取引に仮名、借名口座を利用するに至ったのは、専ら株式取引において損失が生じたことが外に知れた場合、金融機関からの融資を受けられないようになり、また、友人、知人及び同胞社会からの信用を失墜するようになることを恐れてのことであった。特に東京商銀信用組合とは取引も長期にわたっていて信用も得ていた上、同組合の理事ばかりか、被告人がいわゆる銭湯から身を起こし、遂には京橋、赤坂、池袋と東京の中心地域に貸ビルまで所有する実業家にまで成功したことから、同組合理事や在日韓国人商工会、ライオンズクラブのメンバー、、それに同胞社会の者からも大成功、大事業家として評価され、尊敬されていたこともあって、その人達からの尊敬と期待と信頼を裏切ることのないようにするため、被告人としてはいわば賭け事のような株の売買をしていることを知られたくなかったし、ましてやそれによって、損失を被っていることは絶対に秘匿しておきたかったため、その手段として借名口座による取引をしていたのであって、脱税のためではなかった。

加えて、証券会社担当員の供述をみると、一見、被告人が担当員に強いて仮名、借名口座を作らせたかのごとき供述をしているようであるが、三洋証券の児玉武志の供述や、名義を貸した鈴木博、神田直行、橋爪明夫、浜田弘美の各供述を見てもわかるとおり、被告人の述べるがごとく、証券会社としては顧客維持のため、積極的に仮名、借名口座を設定してやり顧客の便宜を図ってやっていたのが実情であって、被告人が強いて仮名、借名口座を設定させたものではない。これらの事情からしても明らかなとおり、被告人が株式取引に当たって一部、仮名、借名口座を利用していたとしても、脱税工作のための意図的な利用では決してない。この取引の一部を顧問税理士の荒川浩平に秘匿したいのは、同人から株式取引を止めよう厳重に勧告されていたため、本件時の法人税確定申告時にすべての株式取引の内容を打ち明けられない心境に陥っていたことも結果的に多額の脱税につながったものであって、計画的なものとは言えない。

また、原判決は、被告会社が昭和四七年、同五九年に国税局の査察調査を受け、いずれも賃貸収入の除外が発覚し、同六三年の税務調査においても同様の指摘を受けながら本件犯行に及んだことは、被告人には適正な経理処理に心掛け、誠実に申告納税する意識が希薄であることが認められる、としている。事実は、指摘のとおりであるが、被告人が家賃収入の一部を除外していたのは、前記のとおり、累年増加する株式売買による損失金を何としてでも回収して被告会社の財務状態を修復し、会社を倒産から救済するため更に株式売買を行って利益を得ようとして他の利用し得る資産を含め、家賃収入のほとんどを株式買付資金に投入していたことに起因するものであって、被告人の立場や会社のおかれた状況からすると主たる要因が脱税のためであった訳ではなく、緊急避難的な色彩もあったのであって、犯情極めて悪質とは言い難い面がある。

第三 原判決は、本件において、単年度で五億七〇〇〇万円余の税金を免れたとして、そのほ脱額が多いことと、ほ脱率が一〇〇パーセントであったことを特に重視しているものと思われる。最近における脱税事件の判決の量刑は、ほ脱額の多寡とほ脱率の高低を基準として定める傾向が強いように思われるが、仮に右の点を重要視した場合は、結果責任を問うこととなる危険がある。本件においては、何故ほ脱金額が多くなったり、またほ脱率が高くなった諸事情をその背景と経緯を踏まえて理解して欲しかった。

前記のとおり、被告会社の本件犯行の前年度までの株式売買による累積欠損金は少なくとも七五億円から八〇億円にも達し、銀行借入金等の債務を含めると二〇〇億円近いものとなり、被告会社の全資産の評価額を超える欠損、負債の額であったため、被告人としては株式売買を続けてその利益を上げること以外に厖大な欠損金等の穴埋めをすることはできなかったし、それをしなければ早晩被告会社が倒産するに至ことは目に見えていたことから、被告会社の存立を図り、被告人らの生活を維持していくためには、被告人としては株式売買により利益を上げることが最大の課題であった。そのため、被告人は、家賃収入ばかりか預り保証金をも投入し、更に銀行からの借入れを起こすなど、被告会社の全財産をあげて株式買付けの資金に充当し、発生した売買益の全てを買付け資金に回して株式の売買を行い、全力を傾注して前記欠損金の一部でも回収し損失の軽減を図ろうとした結果、本件犯行年度において、ようやく約一三億九〇〇〇万円の株式売買益を上げることができたが、これを全額欠損金の穴埋めに充当し得たにしても依然として六一億円ないし六六億円余の欠損金が次年度に繰り越さざるを得ない有様であったし、ましてやこの売買益から預り保証金相当額を取り戻し、また銀行借入金の元金の一部と金利分の支払いに充てることとすれば、欠損金の回収も微々たるものとなる計算であった。

被告人としては、決算期ごとの区切りをしなければならないということよりも、むしろ欠損金回収のための株式売買というものを区切りのない一連の経済活動としてとらえ、そこに損失、欠損が存在すれば、少しでも多くの回収、回復を図らなければ、会社の倒産は免れないとの切迫感、危機感に陥っていたのであって、当時の被告人の置かれた立場や経済状態からすれば、被告人の右のような気持ちや考え方は十分に理解しうるところであり、同情に値するものとさえ言える。

昭和五一年二月期から本件の前年度である同六三年二月期までの一三年間においても、被告会社が株式売買によって利益を得たのは、昭和五六年二月期の約八〇〇〇万円、同五九年二月期の約三〇〇〇万円及び同六二年二月期の約二億円に過ぎず、他一〇年間は損失が発生し、累積赤字は増加するばかりで被告人が意図するような回復はめったに訪れない状況であったところ、たまたま本件犯行年度である平成元年二月期に約一三億九〇〇〇万円の株式売買が発生したのであるが、右のような経過からすると次年度以降も続けて株式売買益が発生し、欠損の回復ができるかも知れないという見通しも自信も全くなかった被告人としては、本件犯行時、この際できる限り多くの回収、回復を図っておきたいという気持ちになり、そのため、本件対象期の株式売買益の全てを申告して納税すれば、損失回復、回収の機会及び時期が益々薄れ、遅れることとなり、会社の破産状態を招く危険性が大となるのを恐れ、株式売買益の一部を秘匿して申告したもので、被告人としてはやむを得なかった会社救済手段であったのである。

右のごとく、被告人としては被告会社の存立か崩壊かの分岐点に立たされ、結果いかんによっては被告人及びその家族の死活問題ともなる危険状態に陥っていたため、本件犯行に至ったものであるとを十分に参酌して頂きたい。

第四 被告人は、起訴金額である法人税ほ脱税額五億七一四二万円四八〇〇円を超える六億六〇五六万六〇〇円を本税として納付しているほか、附帯税を加えると平成元年一一月三〇日に合計九億六三三九万四九六七円もの高額の税金を銀行からの借入金で納付したが、融資もそれまでであったため、その余の附帯税及び地方税の未納分が約七億円残在している。この未納税分については、赤坂松平ビル及びその敷地を売却して納付する予定であったところ、以前、同ビル地下一階に入居していた川口観光株式会社代表取締役本木裕仁らが、突如不法侵入し、高額の立退料(当初五億円)の支払いを要求して占拠を続けたため、その支払いの理由がないとして拒否していたところ、同ビル等を購入することに決めていた中国銀行が購入を中止したため納税資金の捻出ができなかったが、被告人は、被告会社に二〇〇億円を超える負債があり、加えて家賃収入も皆無であり、もはや会社が維持し得ないことから、一時も早く会社のすべての資産を処分して未納の税金を納付し、かつ、銀行からの借入金その他の負債を可能な限り支払って会社を清算整理し、裸一貫で出直すことを決意した。

そこで、赤坂松平ビルの売却に支障をきたしている本木らの退去を求めるため、やむを得ず同人らの要求に応じて立退料を支払うこととし、現在その金額等について話し合いを進めており、控訴審終結までには本木らの立退きと同ビルの売却、ひいては未納税の納付を終了させる予定で鋭意努力しているところである(この点控訴審において立証予定)。

第五 原判決も認めるごとく、被告人は査察の段階から一貫して自己の非を素直に認め、二度と脱税しないことを誓っているなどその反省の情は顕著であるところ、更に原判決を受け、改めて法の峻厳さを身に染みて感じ、日本国に居住する者として納税の重要性とその義務を思い知らされ、自己の愚かさを恥じ、犯した罪の大きさに恐れおののき、世間に対する申し訳なさに身を縮めるなど、ますます反省の情を強くしているのであり、加えて、前記のごとく近々被告会社を清算せざるを得ない状況にあること、また、一代で築いた資産と名声を株式取引で崩壊させるなど社会的制裁も受けたことから自己の愚かさを悟り、二度と株式取引には手を出さないと決意をしていること等を考慮すれば、再犯の虞れは皆無であるということができ、すでに刑事政策の目的は達せられているもの思料する。

第六 被告人は、萎縮性胃炎などを患い、その治療中であって健康がすぐれない状況にあるのに加え、被告人の妻柳田昌子は長年骨粗鬆症、胃潰瘍など罹患し、また腰背部等の痛みがひどくて家事はおろか、被告人の介助がなければ起居すらできない有様である。そのため被告人は、妻の起居を手助け、通院に付き添い、炊事、洗濯等まで行って妻を看病し、家事をみているが、被告人の娘はそれぞれ婚家で生活していて連日母の面倒をみることができないため、今後も被告人が右のような看護等にあたらざるを得ず、仮に被告人が服役することになればとたんに妻の生命に危険が及ぶおそれが大である。ましてや、被告人の二年間にも及ぶ服役は、妻が生きて再び被告人に会うことができないかも知れないほどの永の別れであり、情として忍び難い。

また、被告人は、金融機関から融資を受ける際、妻の資産である原住家屋等も担保に供していることから、被告人において金融機関に借入金の返済をする方法を講じて右担保を抹消しなければ、妻の財産すら無くなり、生活ができなくなってしまう可能性が大であるため、妻のためにその財産を何とか保全する機会を与えて頂きたいが、被告人が服役することとなれば、これが不可能となるおそれがある。

第七 結語

脱税事案の犯罪としての性格並びに刑事裁判の持つ一般予防という役割を考えると、実刑か執行猶予かの判断の基準が、ある程度ほ脱税額の金額にかかるのは必ずしも不当なことではない。しかし、言うまでもなく、刑事裁判における量刑は、最終的にはあくまで当該事案の固有の事情を十分に勘案し、個別に決すべきものであるところ、本件は、ほ脱税額が五億円余であるものの、同種事犯によく見られるように、余裕資金の蓄積や贅沢あるいは遊興のための資金欲しさの犯行ではなく、いわば被告会社の存続を図り、被告人及び家族の生活を維持するためやむにやまれず本件を実行したという特段の事情が存し、かつ、犯行の態様も必ずしも計画的とは言えない面もあり、ほ脱した税金についてはそれに倍する納税を行っている上現状では被告人も巨額の欠損金、負債を抱え倒産状態に陥っていることから全資産を処分して会社そのものの清算を行わざるを得ない悲惨な実情にあり、加えて、被告人は反省の情極めて顕著であること、再犯のおそれが全くないこと、すでに多大の社会的制裁を受けていることなど、本件ほ脱税額では量ることのできない特殊な情状が多々存するのであって、本件において被告人を執行猶予に付しても刑事裁判における一般予防の作用を損なうおそれはもはや全くないと言い得ると同時に、むしろ被告人を懲役二年の実刑に処した場合、被告人の身体に対する悪影響はむろんのこと、被告人の妻の生命の危険すら生じることを考慮すれば、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑は、右のような事案の実態、会社の実情並びに酌量してしかるべき情状を考慮せずして下された判決と言うべきである。

また、被告会社に一億二〇〇〇万円もの罰金を納付する余力もないことは証拠上も明白である。

以上のとおりであるから、原判決の量刑は著しく重きに過ぎる不当なものであって、到底破棄を免れないものと思料する。

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